2010年01月23日

一週間が経ちました

朝早くに、眠ったまま、おばあちゃんが息を引き取ってから。

お正月以降、血圧低下と心停止で2度も検査入院して、
それでも異常がなくて家に帰されていたので、
あともう少しは大丈夫なんだと思っていたけれど。

24日にお見舞いに行くつもりだったから、
久しぶりに大好物のババロアを作ってあげようと思って、
張り切ってたんだけれど。

朝一番に電話を受けて駆けつけた時はもう、
お世話になったケアマネさんが、泣きながら死に化粧を施しているところでした。
自慢の美人おばあちゃんは死に顔もきれいで、
亡骸はまだ温かくて、今にも息を吹き返しそうで。
でも、組み合わされた手は、もう指先が紫になりかけていて。
その細い指を見たら、子どもの頃からついこの前までずっと、
別れ際には両手を取ってさよならしあっていたことがまざまざと思い出されて、
思わず手を取ったけれど、もはやこわばった死人の手だったから、
そこからは、何か突き落とされたように涙が止まらなくなって、
声を立てないように顔を背けて泣くしかしようがありませんでした。

そこからは、いろいろ急いでやるべきことが多く、いちいち覚えていないのですが、
とりあえず、遺体に握らせるお数珠だの、遺影に使えそうな写真だの、
棺に納めるものだの、いろいろ埃まみれになって探し回りました。
2日がかりで苦労して探したけれど、遺影も念珠もお写経も、そして、
私があげたものでお気に入りだったカードもお守りもぬいぐるみも、ちゃんと見つけることが出来て。
不思議なんですけど、私が普通になにげなくかけた言葉やあげたものが、
実はそのときおばあちゃんが一番望んでいたものだった、というようなことが多々あったんです。
そういうのもあって、おばあちゃんは、孫の中で一番私のことを好いてくれていたので、
私があげたものはものすごく気に入って大切にしてくれていたのです。
でも、最後にババロアを食べさせてあげられなかったのがどうにも心残りで、
せめてクッキーくらいは入れさせてもらおうと、
深夜に泣きながら焼いてラッピングして、心を込めて書いた手紙を添え、
次のお見舞いに持っていく約束をしていた化粧ポーチに、私があげたものと一緒に納めて、
棺に入れてあげるように準備したのです。

でもそこからは、なにか気持ちに区切りがついて、
体は徹夜でふらふらだったけれど、不思議なくらい冷静でいられるようになりました。
出棺の時には、遺族の誰もが泣き崩れるなか私だけは泣けず、
どんな顔をしていいのか分からなくて顔をしかめていました。
こんなことだとまた、「あの子はちょっと抜けてるから」とか言われるなぁと憂鬱にもなりましたけど、
その場は、伯母が半狂乱になり、おかあちゃんおかあちゃんと泣き叫んで大変なことになってしまったので、
自分への評価なんぞ気にしているような状況ではとてもなく。
とにかく、火の中に入るおばあちゃんが不安がっていてはいけないから、
「おばちゃんはみんなでサポートしてるから大丈夫だから、
 怖がらずに行ってきてね、そのうち私も行くからね」みたいに念を送って、さよならしました。

今は、寂しさはありますが、悲しくはないんです、不思議と。
思いだすと涙が出るけれど、普段は元気で、思ったよりは全然大丈夫な感じで。
ただ、おばあちゃん、私の縁談をすごく気にかけてくれていたから、それがちょっとね。
せっかくお嫁に欲しいとまで言ってくれてる人がいるんだから、勇み足でも無茶でも何でも、
そういう写真を撮って見せたら喜んでくれたかなぁとか。
たとえ、見た次の日には忘れられてしまう喜びでしかないとしてもね。

posted by ta at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のよしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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