2010年01月25日

24日

お見舞いに行くはずだった日曜が終わった、それは、
生前のおばあちゃんのために立てた、
最後の予定がなくなったということ。

予定が突然なくなっただけじゃなくて、
お見舞いっていう習慣自体が生活から消えてしまう。

しばらく毎週法事で忙しくなるけれど、
それがすんだらあの部屋も人手に渡って、
遺品も処分されてしまう。
それは当然で仕方がないことだけれど、
じわじわと名残が消えていくのはやっぱり、寂しい。

少し話はそれますが、
何年も前に、連歌関係のサイトをめぐっていて偶然読んだ歌で、
心にひっかかっているのがあって、思い出して探してしまったので紹介。
こういう艶っぽい歌を引くのは照れがあるので、
あえて転記しないけど、↓の番外編の最後のひとつ。本当に最後の最後。
http://hailan.y.ribbon.to/short_poem/special31.htm
前半部の「守るふりをしてすがっているんだ」まで読んだところで、
言い当てられたようでどきりとしてしまったのよね。
後半を読むと、もっと直接的な状況も詠まれていることがわかって、
嫁入り前の人間としては思わず赤面してしまったけど。
でもね、相手に必要とされている形をとりながら実は、
自分のほうが相手をよりどころにしてしまってるというような感覚はよくわかるのね。
今回、そういう意味で、一番大きいよりどころをなくしてしまった。

年始の忙しい時期、私があんなに元気でいられたのは、
久しぶりにおばあちゃんとあんなに楽しく話せたからだったんだけど。
でもその楽しさのうらで、会えるのはこれが最後だという感じがしてしょうがなくて。
信じたくなくて、忘れたことにして、笑って忙しくしてたけど。
普段の私は鈍いのに、どうしてこう、知りたくないことばかり気付いちゃうのかな。

いつも私のことを待っていてくれて、
ちょっと何かしてあげただけでも、すごく感激してくれたおばあちゃん。
誰かからあんなに純粋に愛情を享受できることってもうないんだろうなーと思うと、
残りの人生があまりにも長くて不安になってしまう。
もらった愛情は手ごたえとして自分の中にちゃんとあるし、
亡くなった人のためにしてあげられることだっていろいろあるけれど、
これからは片思いのような一方通行の思いばかりで、
反応が返ってくることはもうないのかと思うと、
それが切ないね。

posted by ta at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のよしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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